松永少伯こと松永舜太郎は困惑した。なぜなら、北海道限定放送の深夜アニメのキャラクター原案を依頼されたからである。
『札幌楚漢戦争』…何じゃそりゃ!?
最初に話を聞いた時には「なして、エマじゃないの?」と思った。そこそこ売れっ子漫画家である妻の恵真 ではなく、事実上ラジオパーソナリティが本業である自分に、なぜそんな依頼があるのか?
「やはり、少伯さんしかいませんよ」
「うちの奥さんじゃダメなの?」
「エマさんだと上品過ぎますから」
「失敬だねぇ」
自分も恵真も、曲がりなりにも一応は日本画家だ。しかし、自分は(イラストレーターとしてはそれなりに需要はあっても)日本画家としては色物扱いされている。ああ、だからこそ、そんな依頼があるのか。舜太郎は、不本意ながら納得した。
確かに、アメリカ出身の恵真よりも、日本人である自分の方が古代中国史について(ちょっぴり)知っている。しかし、『史記』や『三国志』をちょっとかじった程度で、あとは『春秋左氏伝』や『戦国策』を読んで眠くなっただけだ。
「やれやれ」
項羽と劉邦とその他諸々が、なぜか現代の札幌に蘇って覇権争いをするが、それは道内ローカルバラエティ番組みたいな内容だという。
「まずは、項羽陣営。それから、劉邦陣営に斉の田氏三兄弟」
項羽はあるハリウッドスターがモデルで、劉邦はある日本人俳優がモデル。あとは、他のキャラクターたちの絵だ。
蕭何のモデルは、自分の恩人である〈FMエソニア〉の三好アナウンサーだ。呂雉のモデルは、大学時代の先輩ミヨン姐さんだ。そして、夏侯嬰のモデルは厚かましくも自分自身だ。さすがに自身を韓信のモデルにする勇気はないし、そもそも自分は韓信ほどには体格に恵まれていない。
自分の原案をアニメの絵として調整するキャラクターデザイナーは、大学の後輩であり、面識がある。彼ならば自分よりも魅力的な「絵」に出来る。舜太郎は、このアニメの企画がうまくいくのを祈る。
韓信のモデルにしたのは、内地にいる知り合いだ。彼はスタジオミュージシャンであり、「果心居士」と名乗っている。かなり体格の良い男前で、舜太郎が想像する韓信のイメージにふさわしかった。
しかし、『札幌楚漢戦争』は色物番組であり、それゆえに、このアニメにおける韓信は「残念なイケメン」ポジションになる。
自分の知り合いの道内インディーズミュージシャンたちが、次々と武将たちに変身していく。マイクや楽器を武器に持ち替えた彼らは、紙の上で生まれ変わる。舜太郎はため息をつく。
「どうせならば、ギャグアニメでなくて真面目な内容にすりゃいいのに」
その方が、自身の画業にも箔がつく。しかし、さすがに司馬遼太郎の『項羽と劉邦』のアニメ化という企画は十中八九あり得ないだろう。
札幌市内を舞台にした覇権争いならば、楚漢戦争ではなく三国志をネタにしても良さそうな気もするが、田氏三兄弟がいるから、曲がりなりにも三国志に近い勢力争いがある。しかし、田横 のような美談の主でさえも色物扱いされるのは、さすがに気の毒だ。
「なして、司馬さんの小説の田横はハイパー不細工なんだろう?」
それは多分、酈食其 の人を見る目を強調するためだろう。他に理由らしき理由は思い当たらない。そもそも田横はフランケンシュタインの怪物ではないのだ。その代わり、韓信と蒯通 がファウスト博士とメフィストフェレスみたいなもんだが。
自分が描く田横のモデルは、かつての友人だった。
彼、横田は別の大学の学生だった。山岳部に所属していた彼は、後に「神の座」を目指して消息を絶った。誰もいない墓。いや、この世界が彼の墓だ。
「横田のお姉さんから形見分けしてもらった、このCD」
CDプレーヤーにそれを入れる。スウェーデン出身のバンド、カーディガンズのヒット曲「Carnival」だ。甘く切ないメロディと歌声が心地よい。
自分の音楽鑑賞歴に一番影響を与えたのは、父方の末の叔父だが、横田の音楽についての博識ぶりも負けてはいなかった。
カーニヴァル。そうだ。今、自分が手掛けている企画は一種の「カーニヴァル」だ。
例えば、北大祭の屋台。大通公園のビアガーデン。下戸だけど、ワクワクする。
『札幌楚漢戦争』公式サイトのトップページを飾る絵は、ビアガーデンでドンチャン騒ぎをしている武将たちが描かれている。呉越同舟ならぬ楚漢同舟だ。項羽も、劉邦も、韓信も、戦を忘れて飲み食いしている。
番組の視聴率は、思ったほど低くはない。ネット配信を通じて、道外のファンも確保している。
「なぁ、エマ」
「なぁに、シュン?」
「今夜、〈おやじ天国〉に行く?」
「また、エリカとケンがブーブー言うよ」
「んじゃ、二人ともハル叔父さんの店に連れて行くか?」
舜太郎の父方の末の叔父春雪 は、近所で居酒屋を経営している。ここも〈おやじ天国〉と同じく評判の良い店だ。
「こんばんは~」
「おお、シュンにエマちゃんじゃないか? エリカにケンも」
叔父夫婦は笑顔で客を迎える。
「あのアニメ、録画で観たけど、面白えな!」
「ありがとう」
「お前がアニメそのものを作ったんじゃないだろ」
「…そりゃあ、そうだけどさ」
舜太郎は肩をすくめた。
【The Cardigans - Carnival】