子を産む樹

 ギリシャ神話には、ミュラという名の王女が出てくる。彼女は女神アフロディーテに呪われて、自分の実の父親であるキニュラス王に恋してしまった。そして、父親を騙して同衾し、身ごもってしまい、アラビアまで逃げて、最後は没薬の木に変身した。その木から生まれた赤ん坊がアドニスである。美青年に成長した彼は、自分が生まれた呪いの発端であるアフロディーテの愛人になり、恋敵である軍神アレスの陰謀で殺されてしまった。

 これは、小アジアのキュベレーとアッティスの神話と同工異曲である。キュベレーは元々両性具有の神だったが、他の神々によって去勢されて、「女神」になった。そして、その男性器から生じたアーモンドの実を食べた若い女から生まれたのが、アッティスだった。そのアッティスは、成人してから自分の「本体」であるキュベレーの愛人になったが、何だかんだ揉め事が起こった結果、去勢して死んでしまった。それで、キュベレーとアッティスを祀る神官は、去勢された男性が起用されたという。

 

 色々と怪しい話があるのは、多神教の神話だけではない。セム系一神教(いわゆる「アブラハムの宗教」)の伝承にも要注意物件がある。

 旧約聖書には、ロトの妻の塩柱の話がある。神に滅ぼされるソドムの街からロト一家が脱出するが、ロトの妻は振り返り、塩柱になってしまった。その後、ロトと二人の娘たちは山の中の洞窟に隠れ住むが、娘たちは「よその男たちに出会って結婚出来ない」という理由で、父親を酒で酔わせて肉体関係を持ってしまい、それぞれ息子をもうけた。

 旧約聖書には、異民族に対する差別を正当化するために、そのようなえげつない出自を設定する話がいくつかある。カインとアベルの話なんて、多神教を信仰していた農耕民族に対する差別を正当化するために作られたのは明らかだよね。

 

 古代世界は、歴史と神話との境目が曖昧だった。それだけ、神と人との距離が近かったのかもしれない。

 古代中国の商王朝に使えた政治家伊尹には、出生にまつわる伝説がある。伊尹の母は大洪水から逃れたが、後ろを振り返り、桑の大木と化してしまった。その木の幹から伊尹が生まれたというのだが、まるで聖書のロトの妻とギリシャ神話のミュラの話を足して2で割ったような伝説ではないか? 

 それで「伊尹は元々は人間の政治家ではなく洪水神だった」という説があるのだが、ロト一家の話とミュラの話の共通点はズバリ、近親相姦である。私が思うに、伊尹にはアーサー王伝説のモードレッドと同じく「近親相姦で生まれた捨て子」という伝説もあった可能性があるかもしれない。ちなみに、アイルランドの英雄クー・フーリンは、一般的には光の神ルーが、ある国の王女に産ませた息子だとされるが、一説によると、その王女の兄こそがクー・フーリンの実父だったとされている。

 

 世界各地の神話には「生命の木」の概念があるが、クリスマスツリーも、おそらくは七夕飾りの竹も生命の木のミニチュアであろう。

【レピッシュ - ワダツミの木】

 元ちとせ版よりもこっちの方が好きだね(曲の作者はこのバンドの元メンバーだ)。