受け継がれるもの

「ハッピーバースデー!」 

「Happy Birthday !」

「おめでとう!」

 7月7日、私は邯鄲ドリーム社内で20歳の誕生日を祝われた。広間にはミヨンママ、ヴィクターとミナ、ブライアンらスタッフ、サーシャらバックバンドメンバーたちやデヴィル・キャッツの二人がいる。そして、今日は私のサードアルバム『Queen of Heaven』の発売日でもある。

「はい、プレゼント」

「これは…?」 

 私はミヨンママから二つの箱を渡された。 

「邯鄲トイズから出るあんたの人形。ついに完成したのよ。それに、あんたの香水もね」 

 そうだ、以前の企画がついに商品化されたのだ。私は自分がモデルの着せ替え人形を受け取ったが、通常の商品版は3種類の衣装を着せたものがそれぞれ300体ずつ発売される。それらに対して、私がもらったのはそれら全部の衣装を揃えた特別版だった。 

 もう一つのプレゼントは、私のイメージとして作られた香水やボディクリームなどのセットで、百合の香りをベースにしている。 

「みんな、ありがとう!」 

「今夜は家に戻ったらフォースタスに祝ってもらおう」 


「ただいま!」 

「よう、おかえり!」 

 フォースタスは、すでにローストチキンなどのご馳走を用意してくれていた。ケーキもある。

「この人形、よく出来てるじゃないか? 俺も自分のアクションフィギュアを作ってもらいたいな」 

「作ってもらいましょう」 

「いや、企画会議の段階でボツだな。そうだ、俺からもこれ」 

 私は今年も、フォースタスから星形のアクセサリーをもらった。今までの中で一番のお気に入りは〈FORTUNA IMPERATRIX MUNDI〉ネックレスだけど、今年のプレゼントであるブレスレットも素敵だ。 

「ありがとう、フォースタス」 

「どういたしまして」 

 フォースタスはニンマリ微笑む。この人はますます、マツナガ博士に似てきた。

 私たちは食後、一緒にお風呂に入った。お互いの背中を流し、一緒に湯船に浸かる。

「もうすぐコンサートだな」 

「緊張するわ」 

「あの芝居どころじゃないな。何しろ、セントラルパークだもんな」

「今までの中で一番大きな会場ね」

「やはり、緊張する?」 

「うん。でも、楽しみ」 

 風呂から上がり、私は髪を乾かし、全身に百合の香りのボディクリームを塗る。そう、あの企画の商品だ。 

 フォースタスはそんな私の匂いを嗅ぐ。

「いい匂いだ」 

 私たちはセクシーな気分になっていた。

「今夜はいい気分だ」 

「私もよ」 


 甘く激しい楽しみの後、私たちはぐっすり眠りに落ちる。私は夢の中で光の海を泳いでいる。辺り一面、百合の香りで満ち溢れる。私は人魚のように、アヴァロンシティの光の海を泳いでいる。

 極彩色のアヴァロンシティ。この「世界都市」の中を、私たちは泳いでいる。 

 私はさらに高く飛ぶ。きらめく摩天楼を見下ろし、産まれたままの姿で空を泳ぐ。

「自由だ!」 

 笑みがこぼれる。しかし、私の表情はすぐに凍りついた。 

 巨大な火の玉がアヴァロンシティに向かって飛び込み、弾けた。街は大きく揺れ、一瞬で紅蓮の炎に包まれた。 

「フォースタス! メフィスト!」 

 私は地面に降り、フォースタスらの名を呼ぶ。辺り一面、灰色の廃墟と化している。全身焼けただれた人たちがのたうち回る悪夢の光景。街は不気味な震動を続ける。


 そこで目が覚める。午前2時半。まだ夜だ。私は再び横になり、フォースタスにしがみつく。この人の温かい身体にしがみついていないと眠れない。

 私が再び眠りに落ちる頃、すでに外は明るくなりかけていた。


 ✰ 


 私はネミに自作曲を提供した。彼女のデビュー曲は大ヒットしたが、当然、彼女の人気を快く思わない人間がいる。

 ロクシーだ。

 イチョウ並木が美しい秋、私たちはアヴァロン連邦建国350年記念コンサートのリハーサルをしている。もちろん、私たちはロクシーとは別のところで仕事をしている。

 他にも、数組のミュージシャンたちが今回のイベントに参加する。さらに、私たちの出番では、フォースタスもバックヴォーカリストとして参加する。

 ゴールディは士官学校を卒業して、陸軍に入隊した。順調に行けば、来年はアスタロスは卒業出来るはずだ。二人は特別許可を得てコンサートを観に来てくれるというが、マツナガ博士が付き添いでやって来るそうだ。フォースタスは博士も来てくれるというのを喜んでいる。

「俺らもお前らの晴れ舞台が楽しみだぜ」

 スコットは言う。ランスもコンサートを観に来てくれるという。ルシール、フォースティン、ベリンダらも来てくれる。

 セントラルパークはすでに、食い道楽イベントで多くの人々が集まっている。この何もかも豊かな秋の中で、コンサートは開催される。私たちもすでに出店で食べ歩きをしている。

「このラム肉の串焼き、うまい」 

 フォースタスは、いかにもおいしそうに串焼き肉にかぶりつく。満面の笑みが幸せいっぱいだ。私も出店で買ったドネルケバブを食べている。

「お前ら、食い過ぎると豚になるぞ」

「ステージでカロリーを燃焼するから大丈夫だって!」 

 スタッフたちがお互いをからかう。 

 そして、ついに私たちのステージの本番だ。私たちはステージに上がり、演奏し、歌う。メフィストは特別許可を得て、控え室にいてモニターを観ている。ヒルダも一緒だ。彼女は私たちの付き人という名目でここにいるが、もちろんミヨンママも一緒だ。

 いくつかの楽曲の最後に一曲。 

《Dance of Eternity》

 私の最新作『Queen of Heaven』のハイライト曲、フォースタスとのデュエットだ。観客は盛り上がり、私たちの公演は大成功に終わった。

 この建国記念コンサートの大トリはロクシーだったが、私たちは彼女の出番には立ち会わず、控え室に戻った。ルシール、フォースティン、ベリンダ、スコット、ランス、ゴールディ、アスタロス、そしてマツナガ博士が来た。他にもフォースタスの友人知人らがやって来た。 

「良かったよ、アスターティ!」 

「大成功じゃん!」 

「ありがとう、みんな!」 

 コンサート全体は大成功に終わり、警察やマスコミなどが危惧していたテロ事件などは起こらなかった。 


「良い知らせと悪い知らせがある」

「何?」 

「良い知らせは『Queen of Heaven』の大ヒットだ」 

「悪い知らせは?」

「ソーニアのホリデイの再選だ」

 ソーニア。あの「有刺鉄線州」のボスがまた州知事選挙で再選したのだ。カルト集団〈ジ・オ〉とその政治部門〈神の塔〉を後ろ盾にした男は、さらにあの有刺鉄線州に居座るのだ。

 現在のソーニアは、かつての地球のアメリカ南部「バイブル・ベルト」と比較される。きな臭い保守性があの州の地域性であり、私はあの地方のそんな地域性が苦手なのだ。少なくとも、私は子供の頃のソーニア旅行ではあまり良い思い出はない。食べ物はそこそこおいしかったが、住人たちの「よそ者嫌い」が子供心にもひしひしと感じられた。 

 そんなソーニアのうっとうしい「マッチョマン」プレスター・ジョン・ホリデイ州知事の再選も不愉快だが、さらに嫌な知らせがある。

「ちくしょう! 何てこった!」 

 フォースタスが怒り、驚愕した。

 この人の大学時代からの友人であり、同業者のミック…マイケル・クリシュナ・ランバートが何者かに殺されたというのだ。

「ミック…何で殺されちまったんだ!? お前は何も悪くはないのに!」 

 フォースタスは自室にこもって泣きわめく。私とメフィストはそっとしておく。

「あのコンサートを観に来てくれたお前が、そんな事になるなんて信じられん。何で、死んじまったんだ!?」

 ミックはランスとは違って、フォースタスとは幼馴染ではない。大学時代からの友人関係だった。しかし、フォースタスにとっては親友の一人だった。 

 フォースタスはしばらく自室から出てこない。私は夕食の準備をした。


 売れっ子ミステリー作家マイケル・クリシュナ・ランバートは、オープンリーゲイだった。それに対して、カルト集団〈ジ・オ〉やその政治部門〈神の塔〉は、同性愛者などの性的マイノリティーや障害者などを迫害していた。

「あの〈ジ・オ〉の野郎ども、許せない!」

 ミックを殺した犯人はまだ見つかっていない。しかし、フォースタスはミックが〈ジ・オ〉や〈神の塔〉の関係者に殺されたと確信していた。

 ミックの遺体は無残な状況だった。集団に暴行を加えられたらしく、顔をつぶされるなどの悲惨な状態だったという。 

 私たちはミックの葬式に参列した。スコットやランスやユエ先生、さらにはなぜかマツナガ博士らも来ている。そして、生前のミックの恋人らしき男性もいたが、その人は50歳前後に見えた。

「ミック…短い間だったけど…」 

 その男性はその場にひざまずく。


 ✰ 


「こんにちは」 

 ミックの葬儀で出会った、生前のミックの恋人だった男性が我が家を訪れた。

 アヴァロン連邦暦351年の新年を迎えた私たちは、この来客も迎えた。

 「ミックと私は婚約していました。出会って間もない時期でしたが、互いに『この人しかいない』と思いました」

 フォースタスの片目から涙がこぼれる。

 男性はバッグから箱を取り出した。

「彼は生前、親友であるあなたにこれを残しました。どうか受け取ってください」 

「…あ、ありがとうございます」

 男性が帰った後、フォースタスは箱を開けた。その中には、新品同様の限定品の腕時計やミニカーなどと共に封筒が入っていた。フォースタスは封筒を取り出し、中の手紙を読む。

《フォースタス。君がこの手紙を読む頃には、僕はもうこの世にはいないだろう》

「ミック…!」

《僕はあのカルト教団の関係者らしき連中から脅迫を受けている。ゲイだというだけでね。いや、もしかすると、それだけではない。この手紙を君に送るであろう恋人も、あの連中の被害に遭っている》 

「やはり、そうか…」 

《彼と僕は男同士だから、普通の方法では子供は出来ない。だから、代理母出産を利用する事にした。そこに〈アガルタ〉からの打診があった》

「アガルタだって!?」 

 フォースタスが叫んだ。私は息を呑んだ。アガルタ? なぜアガルタの名前が出るのか? 代理母出産。まさか? 

《僕らは〈アガルタ・ソロモン・プロジェクト〉に協力した。僕らはアガルタに自分たちの精子を提供した。君がこの手紙を受け取る頃には、すでに二人のバールの女性たちが人工授精に成功しているだろう》 

 ミックと先ほどの男性の血を引く子供を妊娠したバールたちがいる。私たちは絶句した。私の肩を抱くフォースタスの手に力が入る。


 私たちは検診のために、アガルタに向かった。メフィストはリチャード博士のクリニックに預けている。極彩色のアヴァロンシティは、今はすっかり雪化粧に包まれており、空気が青味がかる。

《もし、その子たちが生まれたら、君たちが僕らの代わりにその子たちを見守ってほしい》 

  ひょっとして、ミックは私たちの関係を、さらには私の正体を知っていたのだろうか?  フォースタスは黙って車を運転している。ミックが殺されて以来、この人は寡黙になり、マツナガ博士のような陽気さは影を潜めた。私たちは研究所の敷地内に入り、検診を受ける。

「フォースタス、やはりショックだったんだな」

 精神科の先生が言う。その隣りにいるマツナガ博士もうなづく。 

 フォースタスはミサト母さんの部屋に行っている。 

「アスターティ、久しぶりに茶室に入るか?」

「え?」 

「ちょっと俺、着替えてくる。準備が済んだら、お前らを呼ぶ」 

 マツナガ博士はロビーを出ていった。


 ✰ 


「ミックは、お前がいつまでもクヨクヨしているのを望んでなどいないだろう」 

 マツナガ博士は言う。ピンとした姿勢、緑がかった灰色の和服姿がかっこいい。

「ましてや、お前が自分の仇討ちのために暴走するような事態など望んでいない。俺がミックの遺書を読ませてもらった限りでは、本人はお前たちを自分らの不幸には巻き込みたくないと思っていたと、俺は思う」 

 フォースタスは黙って茶碗を口にする。

 今日の茶会のお茶菓子は、黒ゴマ味のマカロンだ。私はそっとそれをつまみ、口に入れる。柔らかな食感とほのかな甘みが、私の口の中に溶け込んでいく。

「ミックたちのような善人が、何の罪もないのに殺されていく。あのクソ忌々しい集団は社会悪だ。だが、奴らと同じやり方で奴らに対抗するのは下策だ。いや、下策ですらない」 

 博士は眉をひそめつつ言う。私は茶碗を受け取り、深緑色の温かい液体を飲む。ほろ苦い落ち着き。私は茶室の空気から、フォースタスが徐々に冷静さを取り戻すのを感じた。


 私たちはアガルタを出て、車を走らせる。フォースタスは以前ほど暗い表情ではない。 

「母さんが、言っていたけど」 

「お母さんが?」

「『あなた、アスターティに八つ当たりしていない?』と訊いてきたんだ。俺はお前に暴力を振るっていないし、暴言を吐かないように気をつけていたけど、それでもお前を傷つけていたのだろうな」 

 確かにこの人は、私に物理的にも精神的にも暴力を振るってはいない。だけど、ミックが殺されて以来のこの人のふさぎ込んだ様子から、私は不安を抱いていた。

「アスターティ、ごめん。俺、お前を怖がらせていたのだな。昔からお前に迷惑をかけて申し訳ない」

「私こそ、ごめんなさい。力になれなくて」

「ありがとう。そうだ、気分転換にちょっと寄り道しないか? ドクターが言うように、うまいもん食って気晴らししよう!」 

「うん」 

「メフィストを連れて帰るのはそれからだ」 

 私たちの車は、自宅とは別の方向に進む。セントラルパーク近くのイタリアンレストランに、私たちは向かう。

「ねえ、フォースタス」 

「何だ?」 

 「私、車の免許がほしいから教習所に行きたいの。あなたにばかり運転させるのは悪いから」

 「そうか、ありがとう」 

 私は去年のセントラルパークのコンサート以来、芸能活動を休んでいる。学業に専念するためだが、もう一つ理由がある。それが運転免許取得だ。 

 我が家の車庫には、二台の車をしまえる。免許を取れれば、私は自分の車を買うつもりだ。その車を初めて運転する時には、フォースタスに助手席に座ってもらおう。本人は不安がるだろうけど、私は自分一人だけで初めて運転するのが不安なのだ。

「世の中には、ハンドルを握ると性格が変わる奴がいるけど、お前、まさかそういうタイプじゃないよな?」

 フォースタスが私をからかう。久しぶりの陽気な微笑み。私もつられて笑う。 

「分からない。その時にならないと」 

「勘弁してくれよ!」

 私たちは久しぶりに大笑いした。やはり、マツナガ博士のお茶には魔法があるのだ。

【UA - 情熱】