いわば「フェミ百合」というジャンル ―峰なゆか『アラサーちゃん』―

「ブロマンス(Bromance)」という造語がある。それは2人もしくはそれ以上の人数の男性同士の近しくも性的な関わりはない親密さの一種とされるものだそうだ。これは基本的に「BL」すなわち男性同性愛を描くフィクションである「ボーイズラブ」とは別物として扱われるが、いわゆる「百合」というジャンルにおいては、「女性の同性愛」と「女性版ブロマンス」が一緒くたにされる事が少なくないようだ。

 柚木麻子氏の小説『BUTTER』は、「フェミニズム小説」であると同時に「百合小説」だと言える。それに対して、チョ・ナムジュ氏の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』やミン・ジヒョン氏の小説『僕の狂ったフェミ彼女』は「フェミニズム小説」ではあっても「百合小説」ではない。なぜなら、『BUTTER』ではヒロイン(女子校の王子様タイプ)と親友(「無能な働き者」系お姫様)との「女性版ブロマンス」が描かれているのに対して、『キム・ジヨン』や『フェミ彼女』にはヒロインと「百合」的な関係性を持っている女友達の描写がないからだ。


 21世紀の『ショムニ』、もしくは汚い『OL進化論』?


 私は峰なゆか氏の漫画『アラサーちゃん』を手にした。この漫画は壇蜜氏がヒロインを演じてドラマ化されたのが面白かったが、さすがに原作にある露骨な性描写はテレビドラマとして完全再現出来ない。原作自体は成年漫画指定をされてはいないが、性描写はR-18相当の内容である。この漫画は今はなきブログサービス「はてなダイアリー」で連載されたエピソードなどをまとめた無印の『アラサーちゃん』全1巻(メディアファクトリー)とSPA!誌に連載された『アラサーちゃん無修正』全7巻(扶桑社)の合計8冊だが、無印版はSPA!版ほどの露骨な性描写はない。

 まずは『無修正』1巻を読んでみる。壇蜜さん主演でのドラマ化も確かに面白かったけど、この個性的でかわいい絵柄は、アニメ化しないのはもったいない(私は実写版よりも原作に忠実な『ショムニ』アニメ化を望んでいたが、あちらは今となっては時代遅れな内容だなぁ…)。登場人物たちの役名が記号的なのに対して、最終学歴の設定が具体的(実在の大学など)なのが面白い。アラサーちゃん曰く「美人ってだけで性格に問題があるって決めつけるサバサバちゃんの性格には確実に問題があると思う」…『春秋左氏伝』の叔向ママ、あんたもだよ!

 さらに2巻を読むが、その前に「アラサーちゃん ピクシブ」と検索すると、実際にpixivに投稿されている二次創作イラストはほんのわずか。まあ、いわゆるオタク受けする内容や作風ではないか。アラサーちゃんら女性キャラクターたちの百合っぽいイラストを描いてみたいという気にはなれても、男性キャラクターたちのBLっぽいイラストは描く気にはなれない。女同士の権謀術数こそが「百合の香り」を放つのだな。あと、ゆるふわちゃんがアラサーちゃんより4歳年上の女性という設定の意外性も魅力的だと思う。ああいうキャラクターは典型的「妹キャラ」だし。この斬新な設定を作った峰氏はすごい。

 さらに、3巻を読む。かなり内容が濃い四コマ漫画で、良くも悪くも「汚い『OL進化論』」と言える(前述の通り、この漫画は成年漫画指定こそはされていないが、無印版と比べるとモロにR-18ネタが多い)。仮に続編か二次創作を描くなら、「ミソジニーくん」「ミサンドリーちゃん」「性嫌悪ちゃん」などという新キャラクターを登場させると面白くなりそう。しかし、同性愛者や無性愛者やトランスジェンダー当事者などの性的マイノリティー設定のキャラクターを出すと、エロ描写よりもそのキャラクターたちの方がよっぽど物議を醸し出しそうだ。この漫画のテーマはズバリ「異性愛」だし。

 折り返し地点、4巻。あの二人がまさかの結婚!? それはさておき、某既婚キャラクターが育児放棄という状況の方がもっと衝撃的だ(問題の一コマだけの場面かもしれないが)。身も蓋もない漫画だけど、文系くんとオラオラくんのカップリングで、アラサーちゃんとゆるふわちゃんを「薔薇に挟まる百合」にするというシチュエーションもええな。他の女子たちもある程度美化すりゃつぶしが効くが、大衆くんだけは百合でもBLでも「ノイズ」になっちまう(笑)。まあ、あの『ショムニ』と同じく異性愛主義 ヘテロセクシズム の煮凝りみたいな漫画だからこそ…ね。

 さらに、5巻。表紙がアラサーちゃんとオラオラくんの新婚さん姿だが、どちらもおとなしく家庭に収まるタイプには見えないよな…。そういえば、いつぞやの某所で120人乱交パーティー(失敬)で誰かが逮捕という事件があったけど、この漫画の主要人物たちがそういう目的で一同に会したら、非モテちゃんが一人黙々と他の男女たちの組んずほぐれつをボーッとながめつつ、コーラを飲んで時間つぶしをしそうだな。下手すりゃ、無人島に非モテちゃんと男子4人が残されたら、文系くん✕オラオラくんと中年くん✕大衆くんのカップリングが出来て、非モテちゃんが余りそうだな(失敬)。

 そして、6巻。名実共に夫婦になったアラサーちゃんとオラオラくんだけど、男性陣で一番ろくでもないのはアラサーちゃんの父親なんだな。上辺は知的で温厚な紳士だけど、実は他のどの男性キャラクターたちよりもゲス男だ(80ページにおける大衆くんとオラオラくんの差別発言は、さすがにさらに卑劣だが)。ゆるふわちゃんは初期ほどの悪役感はない。大衆くんの韓国人差別発言やオラオラくんの知的障害者差別発言に対してアラサーちゃんがチクリとたしなめるのはグッジョブ。途中から画風(絵の線)が変わっているけど、機材などの都合かな?

 ついに最終巻、7巻。唐突に同性愛の話題。「私たちには彼女を作る資格なんてない!!」「引き続きノンケ界で強く生きていくしかない!!」「女子のレズビアン認定のハードルは異常に高い!!」「対して男のゲイ認定は無駄に素早い」。ここが終盤への伏線だが、さらに、女性キャラクターたちの中で一番低学歴で一番見下されていそうな立場のヤリマンちゃんがフェミニズムに目覚める。そして、アラサーちゃんとゆるふわちゃんの「フェミ百合」オチ。ただし、残念ながら(?)オラオラくんと文系くんの「BLオチ」はない。何のために「男のゲイ認定は無駄に素早い」という伏線を張ったのだろうか? 結局、男同士の関係性は基本的に「項羽と劉邦」なのか? 


 社会学者の金田淳子氏は板垣恵介氏の漫画『グラップラー刃牙』シリーズを「BL」だと解釈しているらしいが、私は『アラサーちゃん』を「百合漫画」だと思うようになった。そういえば、『ショムニ』だって、千夏と佐和子というヒロインコンビの関係性が「百合」だと言えるのではないか? 明確に「百合」というジャンルとして描かれたフィクションよりも、『ショムニ』や『アラサーちゃん』のような異性愛主義 ヘテロセクシズム の煮凝りとして描かれたフィクションの方が、よっぽど貴重な「百合の香り」を感じさせてくれる。

【Evanescence - Call Me When You're Sober】