ドラえもんとジェンダー ―藤子・F・不二雄『ドラえもん』―

 私は『ドラえもん』ののび太としずかちゃんの関係について思う。この二人は、成人してからは普通の(?)異性愛カップルに見えるが、小学生時代のこの二人はむしろ、百合カップルのように見える。要するに、一般的には女の子の遊びとされるあやとりが得意という設定に表されるように、のび太は良くも悪くも「女性的」な男の子なのだ。ただし、射撃(要するに「フロイト的」な意味合いのもの)も得意であるという設定もあるので、純粋に「女性的」なのではなく、両性具有的な性質を暗示している。

 しずかちゃんがのび太に風呂を覗かれてもアッサリ許してしまう展開を非難するフェミニストは少なくないが、私が思うに、しずかちゃんはのび太をマトモに「異性」だと認識していないから、なし崩しに許してしまうのだろう。とりあえず、まあ。しずかちゃんは他の女性キャラクターたちに対して、特に「ヒロイン特権」は得ていない。たびたび、のぞき被害に遭う上に、その主な犯人であるのび太と将来結婚させられるなんて、一体何の罰ゲームなのか? あまりにも理不尽極まりない。


 いわゆる「アンチヒーロー」とは、主に①悪漢型、②ダメ男型、③男性ヒロイン型の三パターンがあると思うが、のび太と『エヴァンゲリオン』のシンジは、②と③の複合パターン「男体化ダメ女」のように思える(ちなみに、シンジの父碇ゲンドウは、①と②の複合型「悪漢系ダメ男」である)。そして、私の「のび太としずかちゃんの関係=異性愛カップルの皮をかぶった百合カップル」という仮説においては、しずかちゃんはのび太に対して「お姉様」なのだ。

 それに、ジャイアンがのび太をいじめるのは、のび太が「男らしくない」のが気に食わないからだ(のび太がドラえもんに泣きつく姿勢からは、女性的な媚態が感じられる)。しかし、ジャイアンは(かなり独善的とは言え)義理堅く人情味のある人間でもある。仮にのび太とジャイアンが異性同士だったら、案外仲良くなれたかもしれないのだ(それで、のび太が女でジャイアンがイケメンだったら、モロに乙女ゲーム的な展開になりそうだが)。

 そのジャイアンの妹であるジャイ子は、しずかちゃんとは違ってブ少女であるがゆえに「アンチヒロイン」扱いされるが、私が思うに、『ドラえもん』の世界における一番の「アンチヒロイン」は、女の子であるジャイ子ではなく、男の子であるスネ夫だろう。のび太の「男らしくない」性質は、必ずしも否定的要素だけではないが、スネ夫の「女性的」要素は、のび太よりもずっと「否定的」である。あるコラムニストが、ある女性政治家について「クラスに必ず一人はいた嫌な女子のタイプだ」と批判していたが、スネ夫とは、そのようなマイナス方向での「名誉女性」である。


 では、『ドラえもん』世界におけるプラス方向での「名誉女性」とは誰か? 言わずと知れたドラえもんその人である。ドラえもんは一応は男の子だが、その役割は、のび太の亡き祖母の代わりにのび太の再教育を行うというものである。さらに、四次元ポケットは万物を生み出す子宮のメタファーだし、当人の妹ドラミちゃんへの嫉妬や劣等感は「兄」ではなく「姉」のもののように思える。


 それはさておき、しずかちゃんは原作では同性の親友のエピソードがあるらしいが、私が昔観ていたアニメ版(そう、大山のぶ代さんがドラえもんを演じていたヴァージョンであるが、その大山さんのふくよかな声も、ドラえもんの「母性的」イメージの根拠だった)では、しずかちゃんは「オタサーの姫」的な立場であり、それゆえに女性視聴者たちには好かれなかった。私は現在のアニメ版『ドラえもん』を観ていないので、その現在のアニメ版しずかちゃんの交友関係を知らないが、しずかちゃんとジャイ子以外に目ぼしい未成年女子キャラクターを設定しなかったのは、実に惜しいと思う。

 むしろ、のび太、ジャイアン、スネ夫のそれぞれの母親である成人女性キャラクターたちこそが興味深い。息子を叱るが、その自らの説教が空回りするのを自覚しないのび太ママ。裕福な家庭の主婦としての見栄があるスネ夫ママ。そして、古き良き時代の下町の庶民のたくましさを感じさせるジャイアン母ちゃん。何だい、しずかちゃんら未成年の女の子たちよりも、彼女ら既婚子持ちの成人女性キャラクターたちの方が、よっぽど魅力的で面白いんじゃないの!? 

 ところで、ドラえもんの再教育を受けなかった場合ののび太は、ジャイ子と結婚して不幸な生涯を過ごす事になっていたが、現在の日本社会の状況からすれば、のび太は生涯独身のままで亡くなり、それゆえに子孫を残せないのが自然な気がする(仮にジャイ子が現代的・進歩的なジェンダー観を持つ女性ならば、わざわざ甲斐性なしのダメ男と妥協婚をして苦しむのを拒むだろう)。しかし、実際にそのような事態になってしまうと、『ドラえもん』という物語自体が成立しない。そんなパラドックスを読み取れる余地があるのもまた、『ドラえもん』という現代の神話の魅力の一つだろう。


 余談だが、出木杉君は単なる「男の子」というよりもむしろ、「宝塚の男役トップスター」のようなポジションではないかと思う。そうすると、のび太としずかちゃんとの関係は、ますます百合百合しいものになってしまうね。江川達也氏が『ドラえもん』のアンチテーゼとして執筆した『まじかる☆タルるートくん』に登場する原子 はらこ がマッチョイズム全開の悪役なのは、まさしく出木杉君の裏返しなのだ。

【星野源 – ドラえもん (Official Video)】

 映画版の主題歌がまさか、レギュラー放送版の主題歌になるとは…。ここまで思い切った改革があるなら、そのうち、原作にはいない「第3(ドラミちゃんも含めれば第4か?)の少女」が導入されてもおかしくないと思う。

 今の『ドラえもん』に足りないのは、前述の『まじかる☆タルるートくん』に登場する伊知川累 いじがわ るい のような女性キャラクターだ。