キャメロットのファウスト博士 ―マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』―

 アーサー王伝説を題材にしたフィクションは数多い。日本ではアーサー王伝説は三国志ほど人気ではないが、それでも、ゲーム『Fate』シリーズや『ミリオンアーサー』シリーズなどのオタク向け・若者向けフィクションのおかげで、日本でのアーサー王伝説の人気は徐々に上がってきているようだ。 

 しかし、オタク系サブカルチャーの世界ならまだしも、一般文芸などではアーサー王伝説を題材にしたものはほとんどない。日本の純文学でアーサー王伝説を題材にしたものは、あの文豪・夏目漱石の『薤露行 かいろこう 』くらいのものである。ハッキリ言って、現代人の私には読みにくい文体である。ついでに吾輩は下戸である。話のオチはまだない。 


 さて、本題。今回取り上げる本は、マーク・トウェインの小説『アーサー王宮廷のヤンキー』(角川文庫)だが、これの正式なタイトルは『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』だ。この本は版によってタイトルなどが異なるらしい。しかし、私が初めて読んだマーク・トウェインの小説がこれだなんて、何だかなぁ。ついでに私が初めて読んだ野坂昭如氏の小説なんて、『火垂るの墓』でなくて『エロ事師たち』だし、私の読書歴はツッコミどころ満載だね。

 それはさておき、まずは、先に結論を出してしまうが、この小説はアーサー王伝説を題材にしたファウストものだと、私は思う。 

 主人公ハンク・モーガンは、近代のアメリカ人としての知識を武器にして、キャメロットの宰相の地位に収まるが、彼が行う政策は「商鞅の変法」のパロディのようだ(ただし、ハンクの政策は商鞅の「重農主義」とは全く違い、商業主義的であり、自分が本来いた時代のアメリカの民主主義を広めようとする)。商鞅は一種のファウスト的ヒーローだが、ハンクもまた、商鞅のような「ファウスト的」ヒーロー、というよりもむしろアンチヒーローである。 

 しかし、ハンクは商鞅自身のパロディというよりもむしろ、「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」の陳勝を連想させる。ハンクは本来いた時代では、知識人階級に属していなかった。なので、貴族出身の商鞅よりも、庶民出身の陳勝に近い人物である。ハンクも陳勝も、いわゆる「意識高い系」と揶揄されてしまうような性質を持っていた。ハンクはいわば、鵜の真似をするカラス、商鞅を真似る陳勝である。 


 この小説は一見、トマス・マロリーの『アーサー王の死』の二次創作だが、本質的にはむしろ、ゲーテの『ファウスト』第二部のパロディだと思う。主人公はハインリッヒ・ファウストと同じく美女をめとり、子をもうけるが、その幸せはファウストの結婚生活と同じくはかない。ついでにゲーテのファウスト博士のファーストネーム「ハインリッヒ」は「ヘンリー」のドイツ語形で、ハンク・モーガンのファーストネームは「ヘンリー」の愛称形だ。多分、アーサー王のなり損ないであるヘンリー8世を暗示しているのだろうな。 

 ところで、夏目漱石の『薤露行』のタイトルは、楚漢戦争の影のキーパーソンの一人である田横の挽歌に由来するのだが、この田横と韓信という二人の「斉王」の対比は、まさしくアーサー王とファウスト博士の対比に酷似している。田横はアーサーと同じく高潔に死んでいくが、韓信はファウストのように転落する。楽毅の影の下に、二人の男たちの最後は明暗を分けた。

【Daddy Yankee - Limbo】

 氣志團の曲を載せようかと思ったが、気が変わった。