「直家 公や秀家 公の子孫は私たちだけではないけど、私たちの系統は女系の一族なのね」
確かに、母の言う通りだ。私たちウキタ(宇喜多)家は女系家族だが、それは21世紀の地球かららしい。
ここ、研究機関〈アガルタ〉では様々な研究や開発がされているが、人造人間「バール(baal)」たちもここで産み出される。
バールたちは主に、兵士や警察官、消防士や看護師として人間社会で使われるが、それは連邦政府の研究機関であるここで産み出される彼らの事。バールたちを製造する民間企業もいくつかあるのだ。
その一つ、リリス・グレイル社。この会社はマフィア〈聖杯幇(せいはいほう/シェンペイパン)〉の企業舎弟と言われるが、このリリス・グレイル社が製造するバールたちは、かつての地球で流行したファンタジーフィクションに登場する妖精 のような尖った耳を持っていたり、本来の人間ではあり得ないような髪色や目の色だったりする。
中には、整形手術で猫耳や毛皮を身に着けた「猫女」などの異形のバールたちもいる。さらに、顧客を飽きさせないために、意図的に多重人格者に設定されるバールもいる。彼らは、顧客の好みに合わせて「モード」を切り替えられる。そして、それに合わせて装いや振る舞いを変える。
つまりは、かつての地球で崇拝された高級車のごとく「客を選ぶ」、超高級のリアルラブドールだ。
「アヴァロン連邦誕生350周年記念式典。まだまだ彼女の正体を明かしてはならないけど、アスターティがこのコンサートの舞台に立つのよ」
アスターティ・フォーチュン。天才少女として脚光を浴びた現役大学生ミュージシャン。そして、売れっ子作家フォースタス・チャオの婚約者。その正体は、ここアガルタで生まれた女性型バール。
本来、バールたちは生殖能力を持たない。性行為自体は出来ても、新たな生命を産み出す事は出来ない。しかし、アスターティは違う。
種 としての限界に近づきつつある人類に新たな血を注ぎ込むために、彼女は生まれた。
「私たちウキタ家の長女がなぜ、代々『マーシャ』というファーストネームを名乗っているのか。それは、21世紀のアメリカを襲ったハリケーンが発端よ」
それは何度も聞かされていた話。私たちの「始まり」…日系アメリカ人女医、マーシャ・ウキタ。ニューオリンズ育ちの彼女は、ハリケーン〈カトリーナ〉に巻き込まれて亡くなった。しかし、彼女の母親や妹や姪は無事に避難し、助かった。
マーシャの姪ロザリーは成長し、伯母と同じく医者になった。そのロザリーの遠い子孫が自分たち母娘なのだが、不思議な事に、この一族はロザリー以降、娘しか生まれなかった。だから、ウキタというファミリーネームは代々女系によって受け継がれてきた。
そして、「マーシャ」というファーストネームはウキタ家の当主の女性が代々名乗る事になった。当然、ロザリーの長女も大伯母マーシャの名を受け継いだ。それ以降、この家系の女性たちは代々医学博士号か理学博士号を得ている。
「そして、私たちのご先祖様は宇宙移民船アヴァロン号に乗って、この惑星 に来た。独立戦争を生き抜き、私たちアヴァロンの民は自分たちの生きる場を得た」
それから350年。私たちアヴァロンの民が自分たちの独立記念日を祝う。
この「楽園」から生まれた歌姫が晴れ舞台に立つ。
楽園の女神は未来への希望を歌う。
【Marvin Gaye - Mercy Mercy Me (The Ecology) 】