「皇帝は、私の顔を見たいだけなのだ」
彼は、自分の従者としてついて来た二人の食客に語った。
「平和のために」命を絶つ。なぜなら、自分たちの存在が戦乱の世を再び呼ぶ事になりかねないからだ。
「犠牲は私一人で十分。他の者たちを巻き添えにはしたくない」
「天下のために」、この世を捨てよう。彼の決意は堅かった。かつての大国の末裔、そして最後の「王」としての誇りだけではない。天下万民のため、私は死のう。
彼は自らの首を切り落とし、従者たちに洛陽の街に届けさせた。
「この者は『賢』なり」
皇帝は彼のために涙を流し、かつて彼が身をひそめていた島の者たちのもとに使者を送った。しかし、島の者たちは皇帝の降伏勧告を拒み、自ら死を選んだ。
「王」として葬られた主を看取った者たちもまた、主に殉じた。
かの「国士無双」がファウスト博士ならば、それに対する彼はアーサー王だった。
彼はさらに言い残した。
「もう『海の子』たちを陸に揚げてはならぬ」
海の子。母なる海から産まれる、健やかな子供たち。海の活力から生み出される彼らは「陸の子」以上に優れた資質の者が多かったが、彼らと「陸の子」との間に産まれた子供たちもまた、優れた資質を持っていた。
彼は「海の子」の血を濃く受け継ぐがゆえに、同世代の一般人たちより若々しかった。しかし、その優れた資質が凡庸な人間たちにねたまれていたのも事実だ。
そして、「海の子」の誕生は祖先・田常の時代に比べてかなり減っていた。「陸の子」と「海の子」の混血はかなり進んでいたが、それでも「海の子」を警戒する者たちは少なからずいた。
人生は朝露の如し。
夏目漱石の小説『薤露行』のタイトルは彼を弔う挽歌に由来するが、果たして暗に漱石は「人間的に弱い」韓信とランスロットを同類視していたのだろうか?
メフィストフェレスの魔の手が届かない英傑、その名は田横。