私のライフワークである一連の創作活動シリーズ『Avaloncity Stories』のメインヒロイン1号「天界の女神」アスターティ・フォーチュン(Astarte Fortune)の名前は、古代フェニキアの太女神アスタルテに由来する。アスタルテは、シュメールのイナンナやバビロニアのイシュタル、ギリシャのアフロディーテなどと同系統の愛と豊穣の女神だとされているが、エジプトでは軍神として信仰されていたそうだ。
エジプトの女軍神としてのアスタルテは、馬や戦車 との結びつきがあった。アスタルテの軍神要素はバビロニアのイシュタルにもあったようだが、ギリシャのアフロディーテが軍神アレスを愛人にしていたエピソードは、彼女もアスタルテらと同じく古くは軍神要素があった可能性を示しているのかもしれない。
アスタルテは男神バールの配偶者とされたが、バールはエジプトではセトと同一視されたので、エジプトのアスタルテはホルスの敵として扱われ、ホルスの呪いで「妊娠しているが出産出来ない」状態になっていたという。しかし、フェニキアにおいては彼女は「明けの明星」を生んだとされている。
アスタルテの名前は「子宮」もしくは「子宮から生じるもの」を意味するとされるが、それよりも「星(star)」の印象が強い。イナンナは「天の女主人」、イシュタルは「星」、ついでに旧約聖書のエステルも「星」である。アスタルテは旧約聖書では「天の女王」と呼ばれているが、後に「悪魔」として扱われる蔑称として「アシュトレト」並びに「アスタロト」がある。これはアスタルテの別名「アシュタルト」に、ヘブライ語で「恥」を意味する単語に使われている母音を当てはめて作られた名前らしい。この「アスタロト」は後にキリスト教世界で男性の悪魔として描かれるようになったが、それはキリスト教世界における根深い男尊女卑に基づくものである。
イギリスの詩人ジョージ・ゴードン・バイロンの戯曲に『マンフレッド』というものがある。これは、いわば項羽のような我の強い男性主人公がゲーテのファウスト博士のような「探求者」となり、救いを拒んで死んでいく話だが、このマンフレッドは「アスターティ」という名の女性との道ならぬ恋によって彼女を死に追いやったとされている。そう、フェニキアの女神アスタルテに由来する(英語での発音の)名前の女性である。
バイロンには、異母姉オーガスタ・リーとの近親相姦の噂があった。真実は不明だが、『マンフレッド』のアスターティは彼女がモデルだと言われている。なぜバイロンが自身の作品のヒロイン(?)にこの女神の名前をつけたのかは分からない。
アスタルテが「創造し、維持し、破壊する女神」であるのは、豊穣神であると同時に軍神でもあるからだ。いわゆる「アブラハムの宗教」が台頭する以前は、彼女のような「女神」たちが「世界の真の統治者」だとされていた。イナンナ・イシュタル・アスタルテの系統の女神たちだけではない。世界各地の女神たちは「万物の母」だった。
なお、ジェームズ・ジョージ・フレイザーの『金枝篇』によると、古代セム系多神教においては、12月25日に「天界の乙女が子を生む」という祭りが行われたという。この「天界の乙女」並びに「天界の女神」はオリエントの偉大な女神であり、アスタルテの「一種」だったとされている。そう、アスタルテやエジプトのイシスは、後のキリスト教の聖母マリアの「原型」だったのだ。
【山下達郎 - SPARKLE】