もう一つの「マジェスティック・スタンド」 ―王欣太『達人伝』―

 王欣太氏(以下、ゴンタ氏)のもう一つの中国史漫画『達人伝』(双葉社)は、春秋戦国時代の中国大陸が舞台の話である。主人公は荘子の孫・荘丹であり、伝説の料理人の甥・庖丁 ほう てい や周の公族・無名 ウーミン と共に、中国大陸全土の「達人」たちを中心にした「反秦」勢力を「悪の帝国」秦にぶつける。

 そう、この漫画はズバリ、あの『キングダム』のアンチテーゼである。その証拠に、『達人伝』は適度な巻数で完結している。もし仮に『キングダム』が40巻以内に秦の天下統一までを描き切って完結させていたら、世間での評価はもっと高くなっていただろう。しかし、実際には掲載誌の売り上げのために無理やり超スローペース展開にされた上に、作者の「性的成金」化すなわち二人の女性芸能人たち相手の二股不倫(元妻も含めれば三股)の結果としての離婚によって印象が悪化し、私は『キングダム』を読むのをやめた。

 ゴンタ氏の代表作『蒼天航路』(講談社)は、モーニング誌連載初期では、いささか蛇足感のあるエログロ描写があったが、ある時期を境にその描写は減っていった。そして、『達人伝』においては、本当に物語の都合上「必然性のある」エログロ描写しかない。要するに、『達人伝』は「キングダムのアンチテーゼ」という要素以外は『蒼天航路』ほど「センセーショナル」ではない。『達人伝』は『蒼天航路』と比べて「淡白」なのだ。『蒼天航路』にはあったギトギトした脂っこさは、『達人伝』ではある程度控えめになっているのだ。もちろん、どちらが好みかは人それぞれだが、『達人伝』の淡白さは老荘思想に基づいた作品だからだろう。


 ゴンタ氏描く曹操と荘丹とでは、永野護氏の『ファイブスター物語』(以下、FSS)のアイシャ・コーダンテと妹ワスチャほどの印象の違いがあるが、私にとってゴンタ氏は「もう一人の永野護」に等しい存在である。それぐらい、私はゴンタ氏を尊敬している。FSSには「魔導大戦」シリーズがあるが、これには「マジェスティック・スタンド(Majestic Stand)」という題名がある。そして、『達人伝』とはいわば、もう一つの「マジェスティック・スタンド」である。

 高貴なる抵抗、それが『達人伝』である。それは一旦は挫折し、秦の天下統一を止められなかったが、しかし、それは最終的に項羽と劉邦によって果たされる。劉邦はストーリー上はキーパーソン盗跖の息子らしき人物の息子だが、私が思うに、彼は屈原が入水自殺をする際に抱えていた石の卵から生じた赤い龍によって生み出されたのだ。そう、FSSの「あれ」のように。


 FSSには「3159」という「イベント」が用意されている。これは主人公アマテラスのミカドのジョーカー太陽星団統一のための侵略戦争の始まりだが、個人的にはこの「3159」を永野氏ではなくゴンタ氏の絵で見てみたい。まあ、当然あり得ないコラボレーションもしくは「カバー」だが、その「3159」以降のFSSは『キングダム』と『達人伝』の同時進行のようなストーリー展開になるだろう。

 FSSのテーマの一つに「血の継承」があるが、ゴンタ氏は『達人伝』最終巻(34巻)の巻末のインタビューで「昔から血統の話が好物やねんなー」とコメントしている。「血統」といえば、競馬だ。FSSでも、超帝國のヤーン王女が騎士たちを競走馬になぞらえる発言をしている。そこで私は思う。馳星周氏の競馬小説『黄金旅程』をゴンタ氏に漫画化してもらいたいね。

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