アヴァロンシティは24時間眠らぬ街だ。植民惑星アヴァロン最大の不夜城は、美徳と悪徳が交差する。
かつての地球の栄華を再現させた繁栄を満喫する者たちは多いが、反面、それからこぼれ落ちた者たちが暗い何かに引き寄せられる。アンダーグラウンドでうごめく売人や娼婦/男娼や、チンピラ連中だけではない。もっと厄介な奴らがいる。
メインストリートから離れた裏通り。人狼のように身体改造をしたバイカーファッションの男が、頭に猫耳を着けたピンクの髪の女を連れている。女はどうやら、民間企業製のバールの娼婦のようだ。男はレザーパンツの尻に開けられた穴から狼の尻尾を出して振っている。女は蛍光色でボディコンシャスのミニワンピースを着て、真っ赤なピンヒールを履いている。そのスカートの裾からは、ピンクの猫の尻尾がちらついている。
そのカップルを襲撃した奴らがいる。カルト教団〈ジ・オ〉のマークの入ったものを身に着けている男たちだ。人狼男は見掛け倒しで、半ば無抵抗同然に暴行を受けた。
女は手のひらから光の玉を出して応戦しようとしたが、間に合わずに一方的に容赦なく暴力を振るわれた。民間企業製のバールたちは、アガルタ生まれの「官製バール」ほど強い超能力者は多くない。それに、この女には警察や軍隊に入るような官製バールたちほどの体力はない。
かつての独立戦争までの時代では、バールたちは生物兵器として、超人的な身体能力があった。そして、それゆえに天然の人間のような人権を認められず、マインドコントロールをされて、行動を制限されていた。しかし、アーサー・フォーチュンがアヴァロン連邦の初代大統領に任命されてからは、基本的人権を認められるのと引き換えに、身体能力を天然の人間に毛が生えた程度に落とされるように作られるようになった。
猫耳女は必死で天然の人間たちに反撃したが、多勢に無勢だった。
翌朝、二人の「人外」の無残な遺体が転がっていた。
「あれから何年も経つのか」
高架橋のたもとに、誰かが供えた花束がある。数年前、このモノレールの路線で爆発事故があり、多数の死傷者が出た。
ヴィクター・チャオは思い出す。兄フォースタスの初恋相手だった女の子は、あの事故で亡くなった。
「フォースタス、部屋に閉じこもって泣いていたな」
ヴィクターは、友人ブライアン・ヴィスコンティに話しかけた。
「ああ、ヘレナだっけ? あの女の子」
「そうそう、ヘレナ・ウォーターズ」
二人は現場を立ち去り、ブラブラ歩きながらしゃべっていた。
「あの事故、いまだに爆破テロの疑いがあるんだよな」
「うわ~、俺、そういう陰謀論って嫌いだわ~」
「あの〈ジ・オ〉だか〈神の塔〉だかの仕業だってさ。容疑者らしき奴がいて、そいつは自殺して迷宮入りになっちまったんだけど、本当は、口封じのために誰かに殺されたんじゃないかな?」
「なるほど、あの連中ならそれぐらいの事はやりかねないな。昨日もどっかで人が殺されていただろ? カップルのどちらかがバールだって」
二人は、アヴァロン大学経済学部の学生であり、幼なじみ同士である。そして、アルバイト先の同僚同士でもある。彼らは、仕事帰りにカフェに立ち寄った。
「なぁ、ヴィック。お前、似てると思わないか? あの子」
「あの子?」
「アスターティ。ちょうど当時のヘレナと同い年だし、あのプラチナブロンドの髪と空色の目、ヘレナに似ているだろう?」
ヴィクターはハッとした。ヴィスコンティ家で養われている「天才美少女」アスターティ・フォーチュン。言われてみれば、確かに彼女は、ヴィクターの兄フォースタスの初恋相手に似ている。
しかし、当のフォースタスは彼女を避けている。果たして、兄は彼女が自分の初恋相手に似てきたのに気づいているだろうか?
「よっ、久しぶり!」
「わっ!?」
突然、二人に呼びかけた女がいる。年齢は20代半ば、赤みがかったブロンドの髪の女だ。
「リジー!? あんた、何でこんなところにいるんだよ?」
「いて悪い?」
リジー…エリザベス・バーデン。フォースタス・チャオのかつての恋人だった女であり、当然、フォースタスの弟ヴィクターとも顔なじみである。
「まあ、いいわ。今日は気分がいいし、何かおごってあげる」
「え!?」
リジーは、ある出版社の社員である。文芸誌の編集者であり、様々な作家との交流がある。
「あの子がいるからには、私は引き下がるしかなかったのよね。だから、わざとフォースタスに冷たく当たって、別れを切り出すように仕向けたのよ」
「ごめん、リジー」
「あんたが謝る必要はないのよ、ヴィック。あの人に許嫁 がいるなら、仕方ないよね」
リジーは、ノンカフェインの飲み物をストローで飲み干す。彼女は、グラスを持っていない方の手で自らの腹をさすっている。
✰
パトカーや救急車のサイレンが鳴り響く。また、事件が起こったのだ。
現代のパトカーや、救急車や消防車などの緊急車両の大半は、エアカーだ。それらはその役割ゆえに、通常のエアカーよりも高く宙に浮いて走る事が認められている(非常時は、通常車両の上に浮かせて走らせる事が許可される)。一般車両の多くはタイヤで直接走るものだが、これらも電力で動く。これらは、直接車体にソーラーパネルを取り付けているものも珍しくない。
セントラルパーク近くの繁華街にあるファッションビルには、巨大な水槽を模したディスプレイがある。それには、可憐な人魚たちが泳ぐ極彩色の映像が映し出されている。まるで竜宮城。いや、あるいはアヴァロンシティという現代の〈ビッグ・アップル〉こそが、巨大な竜宮城なのだ。この巨大な資本主義の水槽の中で、住人たちや観光客たちは、楽しみそのものを楽しんでいる。
人生は朝露の如し。酒に対してまさに歌うべし。
不夜城アヴァロンシティは、常に極彩色に輝いている。その輝きこそが「世界の首都」の威厳とプライドを示す。
「あいつと会ったのか、アート?」
「ああ、久しぶりにあの子と一緒に外食したかったのでね。僕のゼミにいた他の連中と一緒でなくて、二人きりで」
フォースタス・マツナガは、あるバーでアーサー・ユエと酒を飲みながら語らっていた。アーサーは、この男を教え子フォースタス・チャオとの区別のため、この男のミドルネームを縮めて「ヒサ」と呼んでいる。
フォースタス・チャオが生まれてから、アーサーはフォースタス・マツナガをそう呼んでいるのだ。
「お前、あいつのおふくろのクラスメイトだったんだろ? 本当はあいつの父親じゃないのか?」
「馬鹿な事を言わないでくれ、ヒサ。ミサトはあくまでも、ただの友達だよ。それに、あの子はどう見ても、シリルそっくりじゃないか。DNA鑑定で一発で分かるだろ?」
「まあな。だがな、アート。お前はシリル以上に、あいつの父親みたいなもんだよ」
「そうかな…?」
シリル・チャオ、御年62歳。〈邯鄲 ホールディングス〉の会長にして、理学博士ミサト・カグラザカ・チャオの夫。最初の妻との間に二人の息子が、今の妻ミサトとの間に一人の娘と二人の息子がいる。フォースタスは、チャオ家の三男だった。
そして、シリルの母ケイトリン・オコナー・チャオは大御所作家であり、フォースタスはこの祖母の文才を受け継いでいる。アーサー・ユエもまた、この大物女性作家を目標にしてきた。
「そろそろ、ヤンが迎えに来る頃だな」
ドクター・マツナガは、グイッとウィスキーをあおった。
✰
「フォースタスか…」
アーサーは自宅に戻り、自室にこもった。ライラもマークも、すでに寝ているようだ。今日も明日も、フォースタスがライラの絵のモデルとして我が家を訪れる事はない。そもそもフォースタスには、学業などのスケジュールもあるのだから、毎日この家…ライラのアトリエには通えない。
フォースタス・チャオ。自分の教え子たちの中でも、特に思い入れのある男。確かに彼は、本人と同名のフォースタス・マツナガも言うように、半ば我が子のような存在だった。フォースタスと彼の幼なじみランスロット・ファルケンバーグは、幼いうちから家族ぐるみの付き合いがある。自分とフォースタスの付き合いは、ライラとの関係よりもずっと長い。
「どうも、マークは、あの子を嫌っているようだな」
アーサーは思う。マークは明らかに、父の教え子である男を避けている。実の息子である自分以上に父に愛されている。本人はそう感じ、嫉妬しているのだろう。
そのような嫉妬は、芸能界の子役スター同士にもあった。アーサーがミドルスクール進学を機に芸能界を引退したのは、ライバル同士の足の引っ張り合いに嫌気が差したからだ。
「眠い…」
そろそろ寝よう。アーサーはベッドの布団をめくった。
フォースタス・マツナガは、アガルタの職員宿舎の中にある自室に戻っていた。彼は歯を磨きながら、アーサー・ユエとの会話を思い出す。
「あの二人、どちらも何か隠しているな」
特に、若いフォースタス…〈坊主 〉フォースタス・チャオは怪しい。
口をゆすぎ、歯ブラシを軽く水で洗う。口をタオルで拭き、寝室に向かう。
「多分、女だ」
フォースタスは思う。
かつて彼は、ある女と熱烈に愛し合っていた。彼女は医学生時代の一年先輩の日系人で、黒髪と色白の肌が映える可憐で蠱惑的な美女だった。
ヒナ・マツナガ。たまたまフォースタスと同じ苗字だった彼女は、フォースタスがアガルタを出てから初めて出来た友人だったが、二人の関係はほどなく「恋愛」に変わった。
「何でも知っている女神」
フォースタスにとってヒナは、まさしく女神だった。二人は同棲していたが、ヒナの誕生日祝いのデートで海に出かけた際に、揃って溺れる子供を助けようとした。しかし、ヒナはその子の命と引き換えのように死んでしまった。まるで、海から生まれた女神が海に還るように。
アスターティ・フォーチュンの名前は、ヒナのミドルネームに由来する。そして、二人は同じ7月7日生まれだ。
「俺の女神」
フォースタス・マツナガは初恋の女性と死に別れてから、色々な女たちと付き合ってきたが、ヒナに勝る女はいない。
多分、これからもヒナのような女には巡り会えないだろう。
部屋の灯りを消し、彼はしばらくベッドに横たわりながら天井を見つめつつヒナの思い出に浸っていたが、やがて睡魔が取り憑き始めた。
今夜はどんな夢を見るのだろう?
【David Lee Roth - Hina】