秀虎はラジオを聴いている。「寂しくないように」という、加奈子の心遣いだ。普段聴いているFMラジオ局は、様々なジャンルの音楽を流すので、退屈はしない。
今流れているのは、BONNIE PINKの「A Perfect Sky」。加奈子が好きな曲だ。 「完璧な空」。自分も彼女と見たい。手を取り合って。 体の芯が出来つつある。骨らしき堅い芯。内臓組織も順調に育っている。後は、筋肉と皮膚だ。
しかし、いつまでかかるのか? まだ未完成…未再生の体が火照っている。体の芯から熱がある。風邪などの病状とは違う。根本的な生命力が発する「熱」なのだ。
彼が思うのは加奈子の事ばかり。早く元の体を取り戻し、この手で抱きしめたかった。
時が経つのが、さらに長く感じられた。
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「どす黒いモジャモジャした気配…この辺なんだなぁ」
黒のライダースジャケットに黒のジーンズに黒のエンジニアブーツというバイカーファッションに身を包んだ男は、繁華街をうろついていた。
「この辺、どうやら違法風俗店があるみたいだな…いかにもいかがわしい」
その「いかにもいかがわしい」雑居ビルから、一人の若い女が出てきた。明るい茶髪を緩く巻いて、背中に垂らしている。身長は、だいたい165cmくらいだ。
いかにも「ギャルギャルしい」服装に身を包み、女は歩いている。男は数メーター離れて、さりげなく後を追った。女は男の気配に気づく素振りを見せない。
「何だか、いかにもギャル系ファッション誌の読者モデルみたいだな…判で押したような」
あまりにも自己主張が強過ぎるアイメイクと、アニマルプリントの服。派手なオシャレのおかげで「美人度」や「ブス度」が曖昧な女。しかし、男は彼女からただならぬ気配を感じた。
間違いない。この女が臭い。
おそらく、このビルに入っている違法風俗店の従業員だ。そして、おそらく、花川加奈子を恨んで陥れようと企んでいる奴だ。
「あの女があの子と何らかの関係があるか、調べるか…」
まずは、彼女自身について探ってみよう。 男は光の玉に姿を変え、消えた。
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《今日は、3月3日。桃の節句♪ 女の子の日だから、当然あたしの日だにょん♪》
女は、今日も確信犯的妄想ブログを更新していた。
腹黒白雪姫と「小人」たち…「ヴァーチャル枕営業」でつなぎ止めたブログ友達の阿諛追従 。
「…つまんね」
彼女はネットでの「お姫様ゴッコ」に飽きていた。どうせネット上で出会う人間とは、あくまでも文字のみでの付き合いだし、どうでもいい。あくまでも、ただの他人。気にする必要はない。
ただ、一人の女を除いて。
中学校の卒業アルバムは、とっくの昔に捨てた。いや、母親が捨てたのだ。あの「毒親」め。再婚相手は「客」で、都合のいい時だけ母親面する女は「やり手婆」だった。
卒業アルバム…あの元クラスメイトの女の顔立ちは、どことなく母親の若い頃に似ていた。だからこそ、大嫌いだった。ついでに、その女に似たグラビアアイドルも嫌いだった。
彼女は、そのクラスメイトの女の写真を黒く塗りつぶした。ついでに、その女の親友二人の写真も塗りつぶした。そして、アルバムをほったらかしていたら、いつの間にか捨てられていた。
母親が「客」と離婚したのは、娘のためではない。「客」が他の女になびいて、自分たち親子を捨てたのだ。母親は娘を逆恨みし、家から追い出した。
彼女は男たちの家を転々とした。その間に違法薬物の味を覚え、気がついたら「夜の女」になっていた。
「あいつらのせい」
母親は、娘が「稼げる」ようになると、しばしば金の無心をした。お互いに、相変わらず男漬け。娘はホストとできちゃった結婚をしたが、夫は借金取りから逃れるために雲隠れ、わずか3か月の名ばかりの結婚生活。
彼女は、未婚の母同然に産んだ一人娘を母親に押し付け、一人、身を削って「女」を売っていた。そんな彼女の現実逃避として、ネットとクスリがあった。
彼女は「オリジナル小説」の書き換えをしていた。この小説は自分と同じ仕事の女が主人公だが、元の作者は素人だろう。だから、「本職」の自分が手直しすれば、リアリティが増すハズだ。 これが入選すれば、あの女に勝てる。
《あたし、小説の新人賞に応募します! 皆さん、応援してね♪ にょん!》
女は、違法薬物をほおばり、ビールを飲み干した。
【BONNIE PINK - LOVE IS BUBBLE】