魅惑の巻き毛

 人気漫画『ゴールデンカムイ』(以下、金カム)の登場人物である「月島軍曹」こと月島 はじめ は、奇人変人揃いの他のキャラクターたちに比べて真面目な常識人として描かれているが、単行本15巻では意外な過去が描かれている。月島は、品行と評判の悪い父親のせいで荒れた少年時代を送っていたが、唯一の理解者である幼なじみの少女と相思相愛の仲だった。 

 その女性は巻き毛をなびかせており、その髪に似た海藻にちなんで「いご草(えご草)ちゃん」というあだ名をつけられていた。単行本15巻ではこの女性を巡る悲劇が描かれるが、その巻き毛はロマンティックに風になびいていた。 


 文明開化以前の時代の日本では、いわゆる天然パーマの髪質の人は美男美女の典型から外れた人だと見なされていたようだが、現代の日本でも天然パーマに対する偏見は少なくない(縮毛矯正の需要があるのは欧米の黒人だけではない)。しかし、金カムの「いご草ちゃん」の巻き毛はロマンティシズムの象徴だった。 

 アルフレッド・テニスンのアーサー王伝説詩『シャロットの女』の坪内逍遥による和訳では、ランスロットの髪を「石ずみにもまがふ黒きちゞれ毛」と表現している。何だなかぁ。「ちぢれ毛」というのはどうもロマンティシズムに欠ける表現だ。なして「巻き毛」じゃないの? どうも「ちぢれ毛」というと、髪の毛以外の体毛を連想させるではないか? 


 私のパーマ経験は今まで二度だけである。一つは小学校入学前だが、私は内心不満に思いながらも何も言えなかった。母は「かわいい」と言ってくれたが、私は自分が『ドリフ大爆笑』の雷様にでもなったようで、ゲンナリした。

 二度目は成人してからで、これも母に勧められての事だったが、さすがに全体的にかけるのは嫌だったので、前髪だけにした。しかし、パーマ液が頭皮にしみて痛かったので、それ以来はパーマをかけていない。 


 人種差別の要因の一つに「外見差別」がある。現代社会においては、白人の美男美女がその「物差し」となっている。そして、黒人(特に女性)が自分自身の外見について悩む要因の一つに「髪質」がある。欧米の玩具メーカーが着せかえ人形を開発する際の問題の一つとして、人種差別の一番の根本原因であろう「外見」がある。詳しくは、ヨナ・ゼルディス・マクダナー編『バービー・クロニクル』(早川書房)を参照されたい。

 黒人のアフロヘアは「白人に媚びない」という姿勢の印のようだが、一部の日本人が自分の髪型をアフロヘアにするのは「異性に媚びない」という姿勢の印に思える。いずれにせよ、アフロヘアとは「硬派」な髪型である。そんなアフロヘアと比べると、女性が長い髪をゆるく(あくまでもゆるく)巻くのは、黒人的ではなく白人的な華やかさの演出である。そして、金カムの「いご草ちゃん」の巻き毛が放っていたロマンティシズムの匂いとは、文明開化がもたらした美意識に由来するのだろう。

【Cyndi Lauper - What's Going On】

 この原曲を書いて歌ったマーヴィン・ゲイ氏は、月島さんとは逆にお父さんに殺されてしまったのだなぁ…。合掌。